CLINICAL PROBLRM-SOLVING
Vol.364:1350-1356 April 7, 2011
The Right Angle
症例提示:25歳男性。腹部膨満と腹部違和感を主訴に救急外来を受診。12ヶ月前からお腹が大きくなってきたが、ビールの飲みすぎと考えていた。しかし、ビールを飲まないようにしてからもお腹は徐々に大きくなっていった。すぐに満腹になる、倦怠感、労作時息切れを伴っている。
考察:腹満膨満は、過敏性腸症候群のような消化管の機能的異常が原因であることが多い。しかし、すぐに満腹になる、倦怠感、呼吸苦を伴っている場合は、腹水、消化管の運動低下や閉塞、腹腔内腫瘍の可能性を考慮しなければならない。腹部違和感は、特に若い男性であれば、セリアックスプルーや炎症性腸疾患によるものであることが多い。または、アルコール摂取と関連した胃炎・肝炎・膵炎によるものかもしれない。すぐに満腹になるのは、腫瘍や肥大した隣接臓器が胃を圧迫しているか、消化管の運動が障害されているのかもしれない。呼吸苦は、消化管の異常による貧血や、右心不全又は収縮性心膜炎による鬱血肝と腹水によるものかもしれない。腹部膨満を来たすような腹水はそれだけで、肺活量を低下させ呼吸苦の原因となりうる。
症例提示続き:既往としてうつ病がある。2年前にフロリダでの春休みの後に肺炎になったことがあり、その際に肺や心臓の周りに「水がたまった」とのこと。常用薬はシタロプラムと、頓服でクロナゼパム。喫煙あり。数年前から1日6杯のビール、週に1回の宴会時には12杯のビールを飲む。輸血歴なし、刺青なし、薬物注射なし。家族歴とくになし。
来院時、患者はやや不快そうにみえた。発熱なし、血圧137/87mmHg、心拍数67bpm、呼吸数14bpm、Sat:99%(room air)。30度ギャッジアップで頚静脈の拍動は認めず。肺音清、心音は整、雑音(-)、rub(-)、gallop(-)。腹部は膨瘤、打診で濁音界の移動、腹部全体の圧痛を認める。黄疸(-)、caput medusae(-)、毛細血管拡張(-)。四肢は温かく、浮腫なし。その他異常所見なし。
考察:腹部膨満と打診で濁音界の移動がみられたことから、腹水の存在が強く示唆される。しかし、皮膚所見から肝硬変を示唆する所見は認めない。胸水や心嚢水が同時にあれば、瀰漫性漿膜炎(SLE、結核など)の可能性があり、最初は肺炎と間違われ、今になって腹膜炎まで起こした可能性がある。家族歴では特記すべき事項なし、とのことだが、ヘモクロマトーシスやウィルソン病などの遺伝性肝疾患の可能性がある。頚静脈圧が正常で、浮腫を認めなかったことから、うっ血性心不全や収縮性心膜炎の可能性は低くなる。
症例提示続き:WBC:10,300/mm³、Hb:14.3g/dl、Plt:17.9万/mm³。Na:138mEq/L、K:4.2mEq/L、CRE:0.9mg/dl、GLU:98mg/dl、AST:23IU/L、ALT:29IU/L、ALP:122U/L、T-Bil:2.1mg/dl、D-Bil:1.0mg/dl(正常範囲:0.0~0.3)、TP:7.3g/dl、Alb:4.1g/dl、リパーゼ14U/dl。PT:12.7秒、APTT:29.9秒。
心電図:正常洞調律、右房拡大(+)
腹部エコー:大量腹水(+)、脾臓腫大(+)、肝臓のエコー輝度が軽度上昇(+)。腹部骨盤部CT:大量腹水(+)、脾臓腫大(+)。
考察:軽度の高ビリルビン血症は認めたが、その他、明らかな肝硬変の所見なし。心電図で右房拡大の所見を認めたことから、身体所見では浮腫や頚静脈怒張を認めなかったが、右心不全の可能性がある。頚静脈についてはもう一度確認が必要で、患者の体位によっては頚静脈圧の上昇が明らかになるかもしれない。腹部エコーで、脾臓は腫大し、肝実質の変性が疑われた。患者の年齢、生化学検査の結果から、非代償性アルコール性肝疾患の可能性は低い。肝臓と脾臓へ浸潤する病変、例えばリンパ腫や結核、サルコイドーシスなどを考慮すべきである。
症例提示続き:腹腔穿刺が施行され、3.5Lの黄色透明な腹水が得られた。腹水を分析したところ、WBC:245/ml(neu:32%、lym:28%、組織球:39%、baso:1%)、RBC:1095/ml。Alb:2.5g/dl(血清/腹水アルブミン比[SAAG]:1.6g/dl)、TP:4.7g、LDH:106U/L、AMY:18U/L、TG:56mg/dl。グラム染色は陰性。細菌・真菌培養陰性。抗酸菌染色陰性、抗酸菌培養の結果は未着。細胞診では悪性細胞なし。
考察:SAAGの上昇(1.1g/dl以上)であれば、腹水の原因として門脈圧亢進症が示唆される。よって、SAAGが低下する癌性腹膜炎や結核よりも、肝硬変、心不全、Budd-Chiari症候群の可能性が高くなる。好中球数が低く、グラム染色や培養が陰性であったことから、感染症の可能性は低い。細胞診が陰性でその他の検査所見からも悪性腫瘍の可能性は低い。心不全による腹水であれば、SAAGが上昇し、腹水中の蛋白質が上昇し、肝酵素は比較的正常に保たれる。心エコーを行えば、右室機能や心嚢水、肺動脈圧を評価することができるだろう。
症例提示続き:HBsAg(-)、HBcAb(-)、HBsAb(-)、HCV-PCR(-)、HIV抗体(-)、ANA(-)。α1-アンチトリプシン224mg/dl(正常値:113~263)、フェリチン602ng/ml、トランスフェリン飽和度13%、セルロプラスミン33mg/dl、BNP:101pg/ml、AFP:3.2ng/ml。24時間蓄尿中銅:24μg/日(正常:55未満)。肝臓MRIでは軽度の非特異的な肝実質の分葉化を認めたが、肝静脈や門脈内に血栓は認めなかった。
考察:慢性肝疾患の原因を究明するための検体検査の結果はいずれも陰性。血管を閉塞するような病変は認めなかった。その他の肝後性疾患の可能性も考慮すべきである。BNPが低値であり、両室性または左室不全の可能性は否定的だが、収縮性心膜炎の可能性は残っている。
症例提示続き:経頸静脈的肝生検が施行され、細胞周囲の線維化と類洞の拡張がみられ、慢性的な静脈閉塞の所見として矛盾しないが、肝硬変の所見はみられなかった。経頸静脈的圧測定によって、右房の静脈圧は32mmHg、肝静脈圧は30mmHgと上昇しており、門脈と体循環との間に圧較差(肝静脈楔入圧)は認めなかった。
心エコーは技術的に施行困難であったが、左室の大きさと壁運動は正常で、弁膜症は認めなかった。右房右室は拡大していた。心室中隔の異常な「跳ね返り運動」がみられた。推定右房圧は5mmHgとし、推定右室収縮期圧は20mmHgであった。
考察:2つの重要な所見が得られた。1つは、門脈と体循環に圧較差がなかったことから、肝疾患による門脈圧亢進症の可能性は否定されたこと。もう1つは、右心系の圧が上昇していたことである。測定された右房の静脈圧が32mmHgであったということは、実際の右室の収縮期圧は50mmHg近い値である。肝生検の結果は慢性的な鬱血を示唆するものであった。
この時点で、最も考えられる鑑別疾患は肺高血圧症か収縮性心膜炎、拘束型心筋症、そのどれかによって起こされた肝鬱血である。心室中隔の跳ね返り運動は右室圧の上昇を反映している。これは収縮性心膜炎ではよくみられる所見である。心エコーで組織ドップラーを行えば、収縮性心膜炎か拘束型心筋症か、判別するのに役立つ。心エコーでは心嚢の肥厚を認めなかったが、MRIやCTの方がより感度が高い。右心カテーテルを行えば特徴的な血行動態がみられるだろう。
症例提示続き:右心系、左心系カテーテルが施行され、右房圧(29mmHg)、肺動脈楔入圧(30mmHg)、肺動脈圧(45/30mmHg、mean:36mmHg)、右室拡張期圧(30mmHg)、左室拡張期圧(30mmHg)と上昇しており、いずれもほぼ等しいことが分かった。心係数は著明に低下(熱希釈法で1.68l/min/m3、Fick法で1.87l/min/m3)右心カテーテルの結果から、吸気時に下大静脈圧が上昇することが分かった(Kussmaul徴候)。右室圧のdip and plateau(square root sign)と心室中隔の相互依存がみられた。冠動脈造影は異常なし。胸部CTでは左腋窩と縦隔に小さい非特異的なリンパ節(おそらく反応性のものと思われる)を認めた。心嚢の肥厚は認めず。心臓MRIでは両心房の拡大と、下大静脈・肝静脈の拡張、心室中隔の跳ね返り、心嚢の軽度肥厚を認めた。
考察:血行動態も画像所見もどちらも収縮性心膜炎として矛盾しない所見であった。身体所見で頚静脈の拍動はみられなかったとのことだが、頚静脈圧が高すぎたのかもしれない。または、頸静脈圧の測定は、熟練を要するものであり、正確に評価できなかったのかもしれない。
収縮性心膜炎は多くの場合、特発性だが、2年前に胸膜と心嚢に病気を起こし、縦隔と左腋窩に小リンパ節を認めたことから、全身疾患の可能性が示唆される。SLEを示唆するその他の所見がなく、ANAも陰性であれば、SLEの可能性は低いと思われる。以前、肺炎として治療された病気が結核であったという可能性はあるだろう。サルコイドーシスも肺炎と間違われる可能性があるが、漿膜病変を来たすことは稀である。リンパ腫の可能性も挙がるが、2年前からという経過は長すぎるだろう。心膜切開術を施行し、その際に得られた検体を用いて組織学的分析と培養検査を施行すべきである。しかし、これらの検査を行っても、50%の症例で原因を解明することができない。
症例提示続き:心膜切開術が施行された。線維化して、くっついてしまっていた心膜を、右横隔神経から左横隔神経にかけて剥がした。すぐに充満圧と心拍出量が正常化した。病理所見では肉芽腫を伴わない線維化心膜炎の所見であった。グラム染色、抗酸菌染色、細菌培養、真菌培養、抗酸菌培養は陰性であった。術後7カ月したところで、体重が13.6kg減少し、運動耐用能が劇的に改善し、腹部膨満もなかった。
source
powered by Auto Youtube Summarize