ユル・ブリンナー, by Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki?curid=366908 / CC BY SA 3.0
#1920年生
#1985年没
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ユル・ブリンナー(Yul Brynner, 1920年7月11日 - 1985年10月10日)はロシアのウラジオストク出身の俳優である。
本名Юлий Бори́сович Бри́нер(ユーリイ・バリーサヴィチ・ブリーニェル)。
スイスとモンゴルの血を引く父親と、ユダヤ系ロシア人の母親の間にウラジオストクで生まれた。
また、生年月日についても長年1915年7月7日とされていたが、実際は1920年7月11日と言われている。
幼少時代は中国やフランスで育った。
パリでナイトクラブのミュージシャンやブランコ曲芸師として働いていたが、俳優を志すようになり、1941年にアメリカに移り演技の勉強をした。
ラジオやテレビシリーズに出演するようになり、1950年代中盤からアクション映画や歴史大作でエキゾチックな魅力を発揮するようになった。
『王様と私』のシャムの王様役はあたり役で、1952年にはロジャース&ハマースタインのミュージカルでトニー賞を、1956年には映画版に主演してアカデミー主演男優賞を受賞した。
当初は髪を生やしていたものの、シャム王役のイメージが定着したため、すべて剃り落とし、以後は坊主頭がトレードマークとなる。
その後は西部劇やスパイ映画にも手を広げ、精悍な古きよきヒーロー像を演じつづける。
1970年代以降はSFやカルト的な映画での悪役など、強烈な個性を武器にした性格俳優としての顔も見せた。
癌により死期が近いことが分かったブリンナーは、1985年1月7日から6月30日まで当たり役であった『王様と私』に出演した。
彼はこの舞台に生涯を通して4633回出演した。
4度結婚しており、5人の子供がいる。
肺癌で亡くなったが、生前に撮影されたタバコの害を警告するCMが没後に放映され、話題となった。
CMは「自分が肺癌になったのは喫煙のせい」と告白する内容であり、後に娘も禁煙運動に参加することになった。
祖父は長崎で商社員として働き、長崎通詞も務めた。
日本人女性との間に子をもうけ、今も子孫がいる。
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